リンカン大統領からマルクスへの返事

ハワード・ジンの「民衆のアメリカ史」を紹介してリンカン大統領のことを書いたが、
http://06996341.at.webry.info/201005/article_3.html
最近日本共産党の志位和夫委員長がアメリカを訪問して、米国政府との会談や、民主・共和両党の議員との会談をした記事を読んで、マルクスとリンカンの手紙のやりとりに、私はあらためて注目した。
マルクスエンゲルス全集第16巻には、マルクスのリンカン宛の手紙が紹介されていたが、リンカンの返事がないか、探していた。
グーグルで検索したら、次のページにリンカンの返事も紹介されていた。真ん中あたりです。
http://www6.plala.or.jp/kyotohorimaru/tusin05/051216.htm

いろいろと調べてみると、これの基になったのが不破さんが1990年に発行した著書「科学的社会主義における民主主義の探求」で、最初にの方に紹介してあった。タイムズの1865年2月6日付けの写真も載っていた。
画像

不破さんの著書によると、リンカンの返事は祝辞を出した他の人々に出したものに比べて、マルクスへの返事は、心のこもったものだったようだ。

マルエン全集第16巻609ページの事項注にこのあたりの経緯が詳しく紹介してあった。

マルエン全集第15巻には、アメリカの南北戦争についても詳しく、わかりやすく書いてあり、その中で、共和党の誕生の経過や、リンカンが共和党初代大統領となったことも、ここで初めて知った。312ページから322ページまで。奴隷制をどこ(準州)まで認めるのかをめぐって、南部の奴隷所有者30万人の少数寡頭支配を代表する民主党(すべての準州を奴隷制の領土とすることを主張)と、北西部の民主党(準州で奴隷制を採用するかどうかはそこの開拓者が決めると主張)とが分裂し、その間隙を縫って奴隷準州の拡大を禁止することを主張する共和党が勝利したようだ。詳しくは、もっと勉強してみないと書けないが、ハワード・ジンが奴隷所有者と「貧乏白人」の対立も視野に入れていろんな事件、証言を紹介していたが、マルクスはその経済的背景を見事に分析していたという感じた。つまり、奴隷制を拡大しないと、南部で奴隷所有者の寡頭支配が揺らぐからだということらしい。

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