不破さんの時代の証言で特に心に残っていること

 妻も一気に読んだ。ロッキード事件など、記憶にあることが出てきて、なるほどと感心して読んだとの感想だった。
 私は読んだあと数日して特に心に残っていることがあったので、その部分を探してもう一度読んでみた。
 一つは日ソ両共産党の論争で、反論を準備したときの苦労話だ。60ページ。日本共産党の返書について、「この返書は分担して書き、それを整理してまとめたものを指導部の人々に回し、意見が出たら検討して織り込む、この作業を繰り返したのですが、当時はワープロやパソコンはおろか、コピー機すらない時代です。書き換えるたびにタイプで直すわけですが、タイプというものは1語の直しが加わっても、周りを大きく打ち直さないといけません。最終的に仕上げるまで、私たちもタイプ室の同志たちもまさに徹夜の連続でした。」とある。大変な苦労だと思う。
 私も似た仕事をしたことがあるので、指導部の意見について、理解できないと、これは中々大変な仕事だったな、と私は感想を持った。不破さんたちはそれをやり遂げた結果、「ソ連側は、最初の攻撃書簡であれだけ大見得を切りながら、最後まで一言の反論も発表できなかったのです。」「そして、アメリカの行動は、事実に基づく決定的な反論となりました。」

 もう一つ、指導部の意見が的確だったと不破さんが感心したことを紹介してある部分、181ページ。ここは日中両党の論争に関して、第10回党大会準備の過程について紹介してある。公開論争にいたる前のことで、「次の大会までの長期的な方針を決める」「中国の出方に応じて、闘争の方針を具体化」「こういう形で、私たちの注意は、『今後、いかに戦うか』にもっぱら向けられていたのです。ところが、決議案づくりの最終の段階になって、宮本さんが『闘争の方針だけでなく、党関係の本来のあり方についても書く必要がある』という問題を提起してきたのです。(中略)「結局、重大な意見の相違のある党との間でも、干渉を基本態度とする党でない限り、一致点にもとづいて共同する努力をする』という党関係の原則」を確立した。(中略)中国との闘争がまだ始まっていない、「そういう時期に、問題が解決する局面まで通用できる立場を検討したわけで」「宮本さんはそこまで見通していたわけです。」

 最終段階で出される意見というものは、作業するものにとって、その意義を理解できないと、「何をいまさら」と思ってしまうこともあるのです。
 指導部の意見がすべてそのまま正しいと、信じ込む必要は無いが、なぜその意見が出てきたのか、よく考えてみる努力が大事だと思うので、ここに記録した。
 以前、党本部で活動している人の講義を受けたことがある。常任幹部会で、ちょっと素人ポイ意見を出す委員がいても、その意見について、国民の気持ち、気分が反映していないか、よく聞き取る努力をお互いにしていると聞いた記憶がある。人の話を大事に聞くということ、そこから意味のあることをくみ取る努力をしているということだろう。共産党は1960年代から、いろんな場面でそのような努力をしているということだろうと理解した。



日本共産党史を語る〈上〉
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不破 哲三

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