「武器を捨てよ・上」を読んで

 女性初のノーベル平和賞受賞者の代表作が、初めて日本語訳で刊行された。19世紀を扱った小説だが、21世紀になって、日本人が読める日本語で初めて紹介された。
 軍国少年ならぬ、軍国少女が夫の出兵、戦死で、戦争に疑問を持ち、「武器を捨てよ」と戦争反対の運動に立ちあがる物語のようだ。ようだというのは、上ではまだ、そこまで書いてないからだ。
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 夫や、第二の夫に対する愛情にも、心を引かれるものがあるが、戦争を起こす論理のどうどうめぐりを批判するところは、なかなか説得的だ。P265-296。
 父と娘が正反対の考えで議論をするし、それが「もうおまえの顔を見たくない」という感情的な、決定的な対立にならず、言葉によるそれなりに冷静な議論として紹介されている。
 ドイツとオーストリアが、同じドイツ民族だということをこの本で初めて知った。
 デンマークを、オーストリアとプロシアが攻めて、その後でオーストリアとプロシアが戦をする理屈をめぐってだが、それを煽ったのがマスコミだったと書いてある所などは、21世紀の現在とよく似ていると思った。(ここら辺の事情は、この本を読んで欲しい、説明が面倒だから。)

 この事件は多分、19世紀なので、マルクスの生きていた時代のことで、マルクスがどのように見ていたのか、興味があり、後で調べてみようと思う。

 もう一つは、小島ブンゴート孝子のデンマークが福祉の国、教育大国という本の中で出てくるドイツに国の多くを奪われた戦争の結果、人の教育に国の生きる道を見いだしたということとの関連だ。このときの戦争が、デンマークのその後を決めたのかと、思う。

 私のこのメモは、関連のないことを記したようで、読者には意味不明のところがあると思うが、とにかく今頭の中にあることを記録したいと思ったので、ここに記す。

 このメモを書きたいと思ったのは、今日のニュースで、国歌斉唱で起立しなかった教師の訴えが、憲法違反でないと、最高裁(最高裁第2小法廷(須藤正彦裁判長))が判決をしたということを知ったからだ。歌うか、どうか、それほどたいした問題ではないと思うが、それを強制することは許せない。「君が代」「日の丸」で、かつての大日本帝国、つまり絶対主義的天皇制政府がかつてアジア諸国を侵略し、2千万人のアジア人、3百万人の日本人を殺害したことを思い起こせば、これを拒否したいという人がいるのは当然だ。それを強制し、起立しなければ再雇用しないということが、日本国憲法の元で許されるはずがない。にもかかわらず、最高裁がこれを見逃すとは、最低だ。カナダの婿は、戦争で、日本の国旗も、国歌も改められていたと思っていたが、それこそ世界の常識で、いまだに戦前の国歌、国旗にしがみつかせようとする勢力がいることこそ、日本の異常を示すものだ。

 とにかく、この「武器を捨てよ」を一度読んでみて欲しい。下が6月に刊行されるようだが、楽しみにしている。

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