レ・ミゼラブルを読んだ感想、これはまだ第6分冊の段階

 レ・ミゼラブルを読書中です。岩波文庫版全7冊のうち、6冊目を読み終わり、いよいよ最後にかかるのですが、アマゾンでも楽天ブックスでも販売しておらず、小矢部市民図書館にも4冊目までしかなく、その後は他館から取り寄せで、届くのを待っています。
 19世紀のフランスのことで、難しいところ(歴史や地名のほか哲学的な話が続く)は時間がかかりますが、ジャンバルジャンが出てくる物語のところは一気に読ませます。とにかく最後まで読み通します。
 ところで、第6冊目には、革命運動のことや、選挙戦で共産党がなかなか伸びないことにぶつかるときに、なるほどなと思ったところがありましたので、抜粋しておきます。私の備忘録です。

P284
民衆はいかに強いられても、己の欲する以上に早く足を運ぶものではない。民衆にそれを強いんとするものこそ災いである。民衆は他の自由にはならない。そして民衆は反乱をその成り行きに放置する。
P285
忍耐しきれずに暴動となる理想は、いかなる目に合うかを自らよく知っている。多くは時期が早すぎるのである。・・・拒絶を浴びせる者らを恨むことなく、かえって彼らを弁護しながら彼らに奉仕する。
P286
進歩は人間の様式である。人類一般の生命を進歩と称する。人類の集団的歩行を進歩と称する。進歩は前進する。・・・けれども落伍者を収容する休憩所を持っている。・・・眠るべき夜を持っている。そして人間の魂の上に影が下りているのを見、眠っている進歩を暗黒のうちに探り当てながらそれを覚ましえないということは、思想家の深い痛心の一つである。
「おそらく神は死んでいる」とジュラール・ド・ネルヴァルは本書の著者に向かってあるとき言った。しかしそれは進歩と神を混同し、運動の中絶を持って運動者の死とみなしての言である。
絶望する者は間違っている。進歩は必ず目を覚ます。また進歩は眠りながらも前進したといってもいい。なぜなら成長したからである。進歩が再び立ち上がる時、その姿は前よりも高くなっている。・・・進歩はその道程中に革命を持つであろう。
P291
進歩のためのかかる戦いはしばしば失敗するものであって、・・・。群衆は冒険騎士の誘導に従わない。重々しい集団は、多衆は、自身の重さのためにかえって壊れやすいものであって、冒険を恐れる。理想のうちには多少の冒険がある。
そのうえ、忘れてならないことには利害の念もそこに交じってくる。利害の念は理想と情操とに親しみ難い。時としては、胃袋は心を麻痺させる。

次は第7冊、最後のところ。
あらすじを書くと、興味が失せると思うので省略します。

下水道の話から始まる。肥しを海に捨てている。それに比べて、中国など東洋では土に返して肥沃な土地を作っている。
フランスの下水道の歴史が延々と続く。

これが実は重要な舞台だったのだ。

この小説は、このような形で当時のフランスの歴史や風土を今に伝えてくれている。

その舞台の中でドラマが展開する。

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